ことばと思考

慶應義塾大学在学の著名な言語学者今井むつみ氏による、言語が思考に与える影響についての研究を述べた一冊。平易に言い換えるなら、「異なる言語を持つ者同士は異なる思考様式を持ち得るのか。それならば、その形式や程度はどのくらいか。」という問いの形になる。

太陽や木、家など、明らかに視覚的に明瞭な境界線をもつ物体はほとんど言語において基礎語とよばれるオリジナルの名詞を持つ。しかし色や方角、時間、位置関係、物体の移動や数字など、目に見えないものや抽象的、連続的な概念に対してどれだけの数の名詞やその意味を持つ語が与えられているかは言語によって異なる。
つまり言語はこの世界において不明瞭なもの(近しい意味を持つ概念)に境界線を引き、線のこちら側とあちら側は異なるものであると指定するナイフの役割を果たすのである。その切り方が言語によって異なるということは、母語によって人間の世界の捉え方が変わり得ることを示唆している。

例えば色を表現する名詞を5つしか持たない言語話者と20以上持つ言語話者は、色覚に対する感受性が異なるだろうか。
文法的性をもつ言語話者は、それぞれの名詞が持つ文法的性に影響を受けて印象を変えるだろうか。
右や左を意味する言葉を持たない言語話者の空間認識形式は、持つ言語話者とは異なるだろうか。

このような問いに対する研究結果から、今度はあらゆる幼児がもつ普遍的な認識様式を探っていく。

筆者の研究材料の出所の多さに驚く一冊である。日本語やフランス語などメジャーな言語だけでなく、オーストラリアや南米の一部の民族で話される言語から例を挙げる、といったようなことが枚挙に暇がない。また、ある研究結果から次にどのような研究主題を導くか、という方向性から筆者の知性を強く感じることができる。

特に変わった前提知識の要らない、優しい新書である。

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